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【韓流エンタメ】イ・ドンゴン デビュー10年 再び歌で勝負
【韓流エンタメ】イ・ドンゴン デビュー10年 再び歌で勝負
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080331/tnr0803311737006-n1.htm

韓流スターとして日本をはじめアジアでも高い人気を誇るイ・ドンゴンが日本で歌手としてCDを出した。今年はデビューから10年目の節目、「ファンの皆さんへのプレゼント」という彼に話を聞いた。(早坂礼子)
初めてイ・ドンゴンを知ったのは2002年に韓国MBCと日本のTBSが共同制作したドラマ「フレンズ」だった。深田恭子との国境を越えた恋に悩むウォンビンを心配する友人役。スラリとした長身に優しいほほえみが印象的で「この人は誰?」と思ったものだ。その後、「サンドゥ、学校ヘ行こう!」(2003年KBS)や「パリの恋人」(2004年SBS)など話題作に次々と出演。めきめきと頭角を現して、あれよという間にスターになった。
だが、実は小さなころから歌手志望だった。小学生のころ、テレビでユン・ジュンシンの歌を聴いて「こんなきれいな曲をどうやって作るのだろう」とあこがれた。
高校生になって、「音大に行きたい」と父に言うと大反対されて家出した。友達の家を泊まり歩いて所持金も無くなり、1週間後に家に戻ったら、玄関の鍵が付け替えられていて入れなかった。
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1998年に「僕の願いがあの空に届くように」で念願の歌手デビュー。アルバムを2つ出したものの、鳴かず飛ばず。そのうち俳優として注目されはじめるようになる。「まず俳優として恥ずかしくない自分にならなければと思い、歌いたいという気持ちを長い間隠してきました」という。10年後のいま、日本でようやく歌手として活動できるようになったのだ。
もちろん、外国人の彼にとって日本語は「ムズカシイ」。“ず”の1音だけならいいのだが、“ずつ”と2音になるとうまく発音できなかった。それで何度も練習してレコーディング終了時には「これは自分にしか歌えない曲だ」と思うまでになった。「テクニックより感情を込めて曲のイメージを表現できるように心がけました」
特訓の甲斐(かい)あって26日にソニー・ミュージックジャパンインターナショナルから発売されたCD「ツキアカリ」(2500円)では表題曲を切なく、「YOUR SONG」を軽快にそれぞれ日本語で歌いあげているほか、「最後の言い訳」と「あなたに逢いたくて~MISSING YOU~」の韓国語バージョンも収録。甘くソフトなドンゴンの声を堪能できる。
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日本へは「もう数え切れないくらい来ている」が、いつも仕事でプライベートは1度だけ。「それまでホテルと放送局の往復だけだったので、去年、初めて地下鉄に乗って1人でぐるぐる回ってみました」。地図を片手に帽子を目深にかぶって新宿や六本木へ。「あっ(指パッチン)。ゆりかもめに乗ってお台場へも。韓国の人には気付かれちゃったけど、大丈夫でしたよ(笑)」。日本で1番好きな場所はいつも泊まるホテル、2番目がその近所のカフェ。「窓際の席に座って道行く人を眺めるのが好き」だそうだ。
4月からは韓国で映画1本のほか、MBCのドラマにも出演予定だ。「撮影の合間に日本に来て歌手活動をする。大変というより、ありがたく楽しいことです」。年内には兵役に就く予定だが「いい作品を残して行ってきます。ドラマもそうですが歌ならずっと気軽に長くファンの皆さんのそばにいられるから」

10年後も「俳優を続けていられたらうれしいですし、日本では歌手を続けていられたらとも思います」という。「温かい家庭を築いて、自分に似た子供が男女ひとりずついるでしょう」。妻の候補は「今はいません。ひとりはいいところも悪いこともありますね」。
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今月20日、予期せぬ悲報が届いた。たったひとりの弟が留学先のシドニーで暴漢に刺殺されたのだ。遺骨とともに両親と帰国した彼は今日(3月)31日、ソウルの教会でミサに参列する。まだ27歳のこの人はこれからもさまざまな経験を重ねて人間の幅を広げるだろう。ファンはずっと見守っていく。その歌声に癒されながら。(SANKEI EXPRESS)
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■イ・ドンゴン 1980年7月26日、ソウル生まれ。183センチ、65キロ。血液型A型。ソウル芸術大学放送演劇科卒。98年に歌手、翌年の「クァンキ」(KBS)で俳優デビュー。以後出演作多数。2007年の映画「今、愛する人と一緒に暮らしていますか?」は今夏日本でも公開予定。特技はピアノ演奏。
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