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28日に早実・戦時生徒の卒業式。動員などで出席できず(東京)
28日に早実・戦時生徒の卒業式。動員などで出席できず(東京)
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news2/20080318wm01.htm
第2次世界大戦の影響で卒業式に出席できなかった卒業生のため、早稲田実業学校(国分寺市)が63年前と同じ今月28日に卒業式を開き、卒業証書を渡すことになった。1945年3月の卒業式に出られなかった水谷瞭(あきら)さん(79)や谷川博司さん(79)らが同校の渡辺重範校長に働きかけて実現に至ったもので、水谷さんは「63年もたっているので、渡辺校長がすぐに決めてくれたので驚いた」と感慨深げだ。
水谷さんらが、新宿区内にあった同校に入学したのは戦争中の41年4月。戦況の悪化で、44年には労働力不足を補うために学生・生徒を動員する「学徒勤労令」が発せられ、生徒は立川や中野、飯田橋の運送会社で働くために散り散りになった。更に、在学期間も本来の6年から4年へと繰り上げられ、45年3月に卒業式を迎えることになった。
だが、同年3月10日に東京大空襲があるなど本土への攻撃も強まっていた時代。約190人の同級生のうち、3月28日の卒業式に参加できたのは、わずか十数人だったという。谷川さんは「ばらばらで働いていた生徒たちの元に、卒業式を知らせる通知が行き渡らなかったのでは」と振り返る。卒業証書そのものも「戦災で失われてしまったのではないか」(渡辺校長)という。
同級生の間では、以前から「卒業証書をもらいたい」との声があったが、学校側に掛け合う機会がないまま年月が過ぎていた。昨年10月に水谷さんが先輩の紹介で同校の渡辺校長と会う機会を持ち、「みんな年をとり、もう後がない」と、卒業証書の発行を求める嘆願書を渡したところ快諾を得た。渡辺校長は「戦後の混乱期を経て、高度経済成長期を支えてきた方たちの要望に応えたかった」と話す。
同級生の1人の小川福太郎さん(79)は「卒業証書は普通は再発行してもらえるものではないので、校長の決断に胸が詰まった。卒業の証しとして大事にしたい」と話す。
現在、同窓会に名を連ねている同級生62人のうち、43人が卒業証書の発行を希望している。ただ、高齢で体調が優れないため式に出席できるのは、代理出席も含めて十数人になりそうだといい、参加できない卒業生には郵送する。
28日の卒業式は、同校の小室哲哉記念ホールで開かれ、渡辺校長による式辞や卒業生を代表して水谷さんの答辞、校歌斉唱が行われる。
(2008年3月18日 読売新聞)
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