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クラス会は人生の縮図?
クラス会は人生の縮図?
http://www.ohmynews.co.jp/news/20080515/25041?cd
中学校の同級生から、クラス会をやるので帰って来られるか、と電話をもらった。彼が言うには、「まずは君に都合を聞いているんだ」そうだ。と言うのも、前回は出席する予定でいたが、都合が付かず欠席した経緯があるからだ。そこで今回は「詳しいことが分かったら教えて。出席するように努力するから」と返事した。
そして、大型連休明けのある日、クラス会に出席した。
会場は岡山県井原市。友人の親が経営する料理屋だ。45人くらいのクラスで32人が出席した。同級生のうち、5人がすでに他界していた。早くに亡くなった者もいたが、つい最近亡くなった人もいた。
50年ぶりに会って顔と名前が分かるだろうか、と心配した。予想通り、というか、残念なことに、数人を除いてまったく分からなかった。中には友人の動静をよく知っている者がいた。「なんでそんなに知っているんだ?」と聞くと、クラス会や高校の同窓会にまめに出席して、情報を仕入れていたのだそうだ。
中学卒業後、50年ぶりの再会。「あれからどうしたの」「卒業後は……」「……それで、今のところに住むことになった」と、いろいろな思いや今までの道など、話すことはたくさんある。クラス会は人生の縮図だ。
「○○さん、私のことを覚えている」と言われてもまったく記憶がないが、具体的に言われるとやっと思い出せる。幹事に「よく友人の名前が分かったね」と聞くと「何回か幹事をやっていて、やっと分かるようになった」のだそう。ひと安心だ。
意外なことに県外に住んでいるのは2割程度で、ほとんどの人が岡山県内、特に井原市内に残っているようだ。学校を卒業してから、全国で営業展開している企業に入社した者が県外に住んでいる、というわけだ。
千葉県に住んでいる友人に理由を尋ねてみた。すると、くわで耕す格好をし、「東京の本社に勤めていたが定年になったので移住した」と話してくれた。テレビでいう「人生の楽園」生活だ。
定年になって故郷に帰ってきた者はいなかったが、親の面倒を見なければいけなくなり、帰ってくる友人もいるだろう。私たちの年齢になると、親の介護が大きな人生の転換点になることもある。
実家から遠く離れて生活している者にとっては、クラス会は実家に立ち寄るきっかけにもなる。かばんの中から孫の写真を出して見せてくれた。「目の辺がよく似てるね」と言うと、うれしそうに笑う。
地域の活性化のためにがんばっている男がいた。53歳で市会議員に立候補し当選、今は市議会の副議長をやっているというが、ブドウを地場産業に育てた功績は皆の認めるところらしい。
その友人が「メディアは節操がない」という。すでに2人が立候補している地域で、53歳の新人で立候補した。新聞は落選するという選挙予測を垂れ流したが、トップ当選すると手のひらを返したように、5回にわたり連載記事を載せたいと申し込んできたそうだ。
先の市長選では失敗した、と反省しきりである。平成の大合併後の市長選で、井原市と合併した旧・芳井町が新人の候補者をたててきたが、旧・井原市は72歳で多選の候補者を出し、結果は有権者に嫌われたそうだ。中央政界も地方の政界も新しい空気が読めなければ退けられる。
今回のクラス会は「みんな、いつ死んでもおかしくない年齢になってきた。元気なうちにやろう」という多くの意見に押されて幹事が動いた。東京近辺からは4人が出席した。さて、次の機会はどうなるのか。
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